久しぶりに創作したのでお披露目〜今回はショートショートです。

ショートショート『つめかたによる』

「長編本格ミステリー創作に挑戦してはみたもののそんなに簡単に書けるわけは無い、私は『森博嗣』ではないのである。」結城勝人(ゆうきかつひと)は早くも挫折しかけていた。
 良いアイデアも浮かばない、悶々とした日々を過ごしていたある日、ネットサーフィンをしていた彼が見つけたものは、「自動小説創作ソフト『ゴーストライター』」である、ネット上で公開され勿論フリーソフトであった。
 概要の説明には、「短編小説から長編小説、ミステリーから純文学、ありとあらゆる小説が自動的に作成できます」と書かれている。早速、彼はダウンロードして『ゴーストライター』を自分のパソコンにインストールした。
ゴーストライター』を起動すると小さな文字で注意書きが沢山表示された、ソフトウェアには著作権は勿論製作者にありユーザーは使用権のみの許諾である、多少ソフトウェアに知識のある結城は、「こんなフリーソフトにも細々と著作権、使用権云々を書くようになったんだ、でも誰も読まないよな……」と呟きながら、「使用許諾条件の承認」で[はい]のボックスをチェックし[完了]をクリックした。

 設定画面は複雑だった。
・長さを指定:【長編】【中編】【短編】……
・分類を指定:【純文学】【ミステリー】【SF】【エッセイ】……
・文体を指定:【「である」調】【「ですます」調】……
・人称を指定:【一人称表現】【三人称表現】……
 などなど……
 全部で22個の設定項目があり、それぞれ3〜20個ほどの選択項目があり、条件に応じては複数個の選択も可能であった。例えば『分類を指定』などはSFとミステリーを選択して未来社会を舞台のミステリーを作成するなどが可能なのであろう。
 結城は取りあえずどんな作品が完成するのかが知りたくて適当に選択して【作成】ボタンをクリックした。マウスポインターが砂時計に変わり、ダイアログウィンドウに作成中の文字が点滅し、処理の進捗を示す棒状のグラフが表示された。
 5分ほど経過しただろうか、ダイアログボックスがポップアップして完了のメッセージが表示された。結城は「OK」ボタンをクリックし、早速、出来上がった文章を読んだ。

−『季節は夏、蝉の鳴声がその渓谷にコダマしていた。渓谷を走る旧道は左右に大きく蛇行を繰り返し続いていた。……』−
「うん良い感じの書き出しだ。」試しに作成した小説なので「短編」である、1時間ほどかけて結城はその作品を読了した。
「これはすばらしいソフトだ、誰がいつ作ったものだろう?」作成者を見ようと再度同じサイトを検索した。「ブックマークに登録しておけば良かった」結城は呟きながら検索サイトのテキストボックスに『ゴーストライター』と入力して[ウェブ検索]をクリックする。2万件以上のサイトが候補としてリストアップされた、条件を絞るため再度「フリーソフト」で絞込み検索を行なう。数千件に絞り込まれたが肝心のサイトは結局見つからない。

次の土曜日、結城はあることを決断する。このソフトを利用して作成した小説の文芸雑誌文芸賞への応募である、プロがこの作品を見たら如何(どう)思うのだろう?プロの目で見れば機械が作成した面白味のない作品という評価で終わるのかもしれない、それを確かめたかった、あるいは沢山の人が私と同じようにそのソフトを手にして同じように考え応募しているかもしれない。
 どちらにしても応募して見ないと結果は出ない、そう勝手に結論付けて、作業をはじめた。改めて『ゴーストライター』の設定画面を見て、応募しようとしている文芸賞にマッチしそうな条件を一つ一つ確認しながら慎重にチェックしていく。先日は気がつかなかった妙な設定項目を見つけた、『・作家を指定:』である選択項目には見慣れない名前が20ほど並んでいた。結城自身、読書量には自信があったがここにある名前は全く知らないものばかりだった。
 結城は多少気にはなったもののそのまま[作成]をクリックした。純文学長編作品だったので20分ほどの時間を要しその作品は完成した。
 タイトルは『つめかたによる』だった。タイトルに結城は多いに不満があったがそれから食事も摂らず、首っ引きで『つめかたによる』を読んだ。
「うん良い作品だ。今までにない洗練された表現、着飾った言い回しだが無駄がない。多少近未来的な記述もあるが、非常に現実味のある事象である。エンディングも奇をてらうでもないが単純な流れでもない。」結城は自分の創作物のように喜んだ。
 翌朝、表紙を載せて紐で綴じ、A4版の封筒に入れて郵便局に駆け込んだ。

 はたして、数週間後、結城宅に某出版社から文芸賞受賞の電話連絡が入った。
 その日を境に結城の日常は徐々に変化していった。文芸賞受賞の賞金と翌月の文芸雑誌に掲載の原稿料、その後『文芸新人賞受賞作』として大々的に広告されて出版された書籍は瞬く間にベストセラーになった。テレビやラジオの取材など忙しい日々が続き、他の出版社からの創作依頼にも快く応じて、次々と作品を発表した。結城の創出する作品群は文芸界に衝撃を与えた、出版する都度に異なる分類の作品を生み出す、純文学あり、歴史小説あり、SF、ミステリー、エッセイから、児童文学までこなした。分野の広狭もさることながら執筆のスピードも驚愕に値するものである、毎月1作品はコンスタントにこなしていた。
 結城はその年の文学賞を総なめにして翌年にはベストセラー作家をして超の付く有名人になり、3年目には年収数億円となった。
 そうなると多少後ろめたさを覚え、このソフトの出所を調べ始めた。勿論公に調査することは出来ない、大金を使って信用のおける調査会社に『ゴーストライター』の出所を調査させた。
 しかし半年後の調査結果の報告は『全く不明、そのソフトの存在すら証明どころか噂さえ入手出来ない』というものだった。この報告に結城は落胆するどころか逆に心弾ませた。更にこのソフトのヘルプメニューからバージョン情報を見た結城はにんまりほくそ笑んだ…Version0.08β版 Copyright(C) 2112 …とある、作成者のメモであろう記述には「この『ゴーストライター』は過去100年間の文学賞受賞作及びベストセラー作品をデータベース化してその作者の作風に合わせてあらゆるジャンルの創作物を自動的に作成出来るソフトウェアである」

それから数年、結城は適宜、『ゴーストライター』を利用して創作した作品を出版して豪華な暮らしを満喫していた。

 そんなある日、一通の封書が結城の豪邸に届いた。
 それは『ゴーストライター』の作成者からのものであった。
「本ソフトの正式リリースにあたり《使用許諾条件》に記載した通り、『ゴーストライター』で作成した成果物を営利目的で使用し取得した代金の全額をご請求申し上げます。……
 ご請求金額は……」