『茶色って何色?』

「ねー結城さん、茶色って何色?」
 両手を温めるように持っていた湯飲みをテーブルに置きながら中嶋恵美(なかしまめぐみ)は聞いた。
「そりゃ茶色は茶色だ、お茶の色、突然何、中嶋くん」
「でも茶色って土色でしょ、英語で言うブラウン、お茶の色は茶畑見ても緑色だし、このお茶も美しく澄んだ黄緑色をしています。どう見ても茶色は緑色です」
「そーうだね、それはいーところに気が付いたねー中嶋くん。」
 結城勝人(ゆうきかつひと)は口を一文字に閉じてほくそ笑んだ。
 結城は数秒間目を閉じ頭の中の記憶装置に保存してあった知識データベースを検索し原稿のデータを読込んでから一気に話しはじめた。
「いいですか、元々日本語では、色を表現するときに、自然界に存在する物にたとえました。たとえば、桃色、草色、灰色などです。それに対して、青色、赤色、黄色、緑色などは、中国語の漢字の意味をそのまま使っています。赤い色で赤色です。だから、緑といっても緑という物があるわけではありません。で、茶色の起源はどこにあるのでしょうか。なぜ英語のブラウンに相当する色、いわゆる土色を茶色というのか、これが恵美くんの疑問でした。」
「あっ最近、緑色のものを『ミドリい』って言う人いますね、あれは何故?」恵美は話を脱線させた。
「話の軌道が逸れて火星に向かってる、金星に行こう」結城は恵美の質問を無視した。
「ところで火星と金星とではどちらが地球に近いか知ってる?水金地火木土…だから太陽からみて地球の内側が金星で、外側が火星だけど」今度は結城が脱線した。
「今はその話じゃありません」
「話を戻そうか」結城が提案した。
「そうして下さい」と恵美。
「答はーイエース!」どこから持ってきたのか、結城は右手に持っていた○印の付いた赤いバケツのような帽子をかぶった、左手には同じ形状の×印の付いた帽子を持っていた。「話を進めて下さい、イエス、ノーの回答では正解はありません」恵美は怒り出した。
「ごめんごめん、実は正解は良く分からない。諸説色々あって一つはお茶が布に染み込んだ色であるという説、もう一つはお茶の出がらしの葉の色を指すという説。」
 ここでまた、会話が止まった、記憶装置からの読込時間である。
「それともうひとつ、案外知られていないのは、緑色と煎茶が結びついたのはかなり新しい時代だったということです。それまで一般庶民が飲んだお茶は、いわゆる番茶であって、摘んだ葉を直接釜か鍋で炒ってからムシロの上で揉み、天日で干すというものがほとんどでした。出来上がったお茶は黒色に近く、煮だしたり、熱湯を注いでだしたときの色は、赤色や黄色をしていて決して緑色ではありませんでした。したがって、それまでは茶葉の色も、茶碗にだしたお茶の色も緑色とはほど遠いものでした。現在のような、生葉を蒸してから焙炉の上で丁寧に揉みながら乾燥させる新しい方法が完成したのは江戸時代の中頃です。緑色が茶畑や茶碗につがれたお茶のイメージとなったのは、じつは茶色の概念が出来上がってからのことだったのです。だそうだ。」
「だそうだ、って頭の中に何か書いてあるの?」恵美が不思議そうに訊ねた。
「うふふ、私の頭は無線LANでネットの繋がっています。今の情報は『お茶を楽しむホームページ【O-CHA NET】(http://www.o-cha.net/)の《おしえてTea Cha》』からの引用でした。チャンチャン。」