つくば万博

先日の「愛・地球博」ネタの続編である。

今回は1985年に開催された「科学万博・つくば万博」の思い出を語ろう。

最初にお話したいのは私の思い出として、大阪万博のような強烈は印象があまり残っていないということである、要するにあまり覚えていない(^-^;。

大阪万博は小学生のころ、つくば万博はもう就職して社会人として社会に貢献(?!)していたわけだし、現在からの時間的隔たりも前者のほうが長く、後者が短い。記憶は時間に比例して薄れていくものをすると明らかに矛盾する。

大阪万博の時は見るもの聞くものが殆んど、初めてものばかりで、それだけ印象が強く記憶も鮮明に残されたのであろう、一方つくば万博のそれは、勿論「新しい科学技術」の博覧会であり、初めて見るものなのだか、やはり現存する技術の応用や延長線上にあるものという印象があったように思う。

前置きが長くなってしまった(よくあるケースだが(^_^;))

一番印象にあるのは(これとあとひとつ〜後述〜ぐらいしか記憶に無い(笑))富士通パビリオンだ、大阪の「みどり館」(過去のコラム9月28日参照)同様映像の展示物である。しかも「みどり館」と同様全天全周スクリーン(ドーム型)である。しかし今回は「立体映像」。

メガネは赤と青のメガネで、このころには偏向レンズを使った立体映像はあったと記憶しているが、(このコラムを書くにあたって調べたら、全天全周スクリーンでの「偏向レンズ」はつかえないようである)ちょっと古臭く思えた。

だが映像を見て驚愕した、立体映像である、確か分子構造〜宇宙?みたいな話しだったように記録しているが、分子が目の前に飛び込んでくるだけではないのである、分子が体を通り抜けていく〜が正しい表現である。目の前に飛んできてそのまま後ろに、通り過ぎていきます。

もうひとつは「ジャンボトロン」である。これは他のパビリオンと違い「野外施設」である。要するにでかいテレビである。最近の野球場やサッカー場など競技場の大きなパノラマビジョン(これはどこかのメーカーの商標かな?)の大型である。

画面の大きさは40m×25mだそうだ。ピタゴラスの定理で(笑)計算すると、1600+625=2225の平方根は約47.17mだから1840インチのテレビということになる。実際には「トリニライト」というRGBの3原色を発光する蛍光管を15万個以上取りつけてあったらしい。

実際の大きさ(1840インチの画面だが当然外枠がある)は高さ42m幅48mだったそうだ。画面の下にはステージがあり、その中にはスタジオもあったそうだ。高さ42mだから10数階建てビルと同じである、10数階建てのビルの壁一面がテレビ画面を想像すればスケールの大きさが分かって頂けるのではないだろうか。

最後に「ポストカプセル2001」〜21世紀のあなたに届ける夢の郵便〜を利用したこと思い出したので付け加えておきたい。21世紀の最初の元旦のこの手紙は無事、私の故郷の家に届きました。何のひねりもない面白くも何とも無い文面と汚い文字の手紙が(笑)