現実と夢

通常の表現は「夢と現実」である。大きな希望としての「夢」が実際の社会などの「壁」にぶち当たって、現実を知る。というような時に使う。
今回のタイトルは「現実と夢」である。寝ている間に見る『夢』が、実際に寝ているときに見聞きする(寝ている時には見ることは出来ないかもしれないが、光などを感じることは出来ると思う)ものや、触覚として感じるものがどれくらい影響を与えるものなのかの考察である。

先日、三菱東京フィナンシャルグループUFJとの合併が本格的に動き出した(紆余曲折はあったが)、その発表にあった前日(まだ裁判所の仮処分で「合併交渉を白紙に戻すよう」に言われていたころ)、知人とその話をしていた。

その日の夜、私が銀行員でUFJ銀行に勤めているという設定の『夢』を見た。その夢の中で私は密かに入手した「三菱UFJ銀行」の看板を持っていた、金庫のようなものに大事にしまってあったのだが、電話で指示を受けその看板を店の玄関先まで運び、警備員に不信がられながらも玄関先にその看板を立掛けていた。看板は板を二つ折りにしたようなもので、単純に立てるだけのものでしかもその時間は深夜であった。

夢なので、設定など意味が無いが、その看板の「三菱UFJ銀行」の名称と翌日(実際には深夜)ニュースに流れた「合併が来年秋にも実現する」という事実。

何が言いたいのかというと、この日私はラジオをつけたまま寝てしまったのである(よくあることであるが(^-^;)、なので当然ラジオのニュースなどで、「合併の話」と「三菱UFJ銀行」と言う次期銀行名が流れていたと想像できる。

ま「三菱UFJ銀行」という名称は誰が考えてもそうなると想像できるにしても、偶然その日に夢を見たのは、明らかにラジオの音が脳に伝わり、その内容を寝ている脳が認識し、夢と言う形で表したのだと思うのだが、皆さんはそういう経験はないだろうか?

朝目覚めたときは、昨日の知人との会話がこういう『夢』を見させたのだと分析したが、新聞記事を読んでふと、「現実と夢」という言葉を連想した。

実際に「睡眠学習」などがあるのだから、脳は寝ているときも休んでないのですね。お疲れ様〜