山平和彦氏

昨日Yahooニュースで訃報を聞いて昨日の「コラム」に掲載した内容は(昨日にも書いたけど)実は日曜日に書いたものなのです。

中学の時、友達に連れられて行った「こんさあと おん ながつき」と言う名のライブ、本当にふと偶然思い出して〜ラジオで「ライブデビュ」と言う言葉を耳にして自分のライブデビュっていつかな?と考えていて〜コラムを書いた途端にこんな悲しい知られを聞く事になるなんて。

昨日のコラムにも書いたけど、一緒に行った友達は「オープンリールタイプ」のテープレコーダを持ち込んで、ライブを録音しました。確か私もそのテープからカセットテープにダビングしてもらった記憶があったので、夕べ押入れの奥にしまってあったカセットテープの山から、そのテープ4本を見つけ出しました。

「こんさあと おん ながつき」は1973年(?この年は曖昧)9月2日に三重県津市の「三重県文化会館」で開催されたものでした。「山平和彦氏」の単独ライブではなく、地元のフォーク歌手など数組が出演していました。実は忘れていたのですが(テープを聞いて思い出した)あの(?!)「つボイノリオ」(あの頃は確か普通に「坪井のりお」だったと思った)が司会をしてました。

その時は一緒に行った友達に誘われ「仕方なく付き合うか」といった感じだったような気がしたが、夕べテープを聞き返してどの曲もしっかり覚えていて、その頃「何度も聞いたんだ」と懐かしく思い出した。

彼の曲の中に「途中」というものがある。最後に♪「死ぬまで途中の顔をしているに違いない」と締めくくって終わる曲なんだか、その頃は「妙な歌詞だな〜」って感じで聞いていたけど、今聞き返してみると生きてる事、自身が終わりの無いものだから、ずっーと「途中」なんですね。

山平さんはこれで「途中」では無くなったわけだけど、「完了」では無かっただろうな〜合掌。